G. ガルシア=マルケス (Rédigé par) / 野谷 文昭 (Translation)
Shinchosha (Maison d’édition) / Shincho Bunko
1997年11月28日 (Date de sortie)
Édition de poche (Format)
有名な南米の作家の作品を初めて読んだ。
あとがきによると、実際に起こった事件をモデルにして描かれたらしい。
フィクションとノンフィクションの総合とのこと。
約30年前、閉鎖的な田舎町での婚礼騒ぎの翌朝、殺害された男。
本書では構成された5つの章が複雑な過去を表現しているという。
そして民衆の意識や思考、共同体のメカニズムを複眼的に把握するという著者の特徴的世界観があるようだ。
僕はパラパラと読んだが、南米の文化を感じたかな。
章立ても小粋な感じだと思った。
最後に事件をもってきて、読み終えた読者はまた27年後の冒頭に戻り事件を振り返るという円環をなしているのだろうか。
Le reste、表紙の「仮面にかこまれた自画像」は閉鎖的な共同体を表しているのかしら。
小説を読んでいると、自分も小説を書きたくなるものだ。
Articles connexes
- Fantômes ポール・オースター (Rédigé par) / 柴田 元幸 (Translation) Shinchosha (Maison d’édition) / 新潮文庫 1995年3月1日 (Date de sortie) Édition de poche (Format) ポール・オースターの小説。 彼の名を広めた「ニューヨーク3部作」の第2作目だという。 ストーリーは、とある私立探偵に奇妙な依頼が舞い込むというもの。 ある男を見張ってほしいというのだ。 Mais、その男は毎日何かを書き、読んでいるだけ。 だんだんと探偵は落ち着かなくなり、とうとう行動を開始する… 文庫で120ページくらい。 短いのでサクッと読んだ。 登場人物にブルーとかホワイトとかブラックとか色の名前がつけられているのが印象的だった。 最初読んだときは、ストーリーがちょっと分からなかったのだが、巻末の解説を読んでよく分かった。 解説は大事だな。 ホワイト/ブラックもおかしなことを考えるものだ。 自分が生きているあかしとしてブルーを必要としたようだが、孤独だったのかな。 途中で1度だけ登場した女性とも別れたのだろうか。 それにしても、巻き込まれたブルーの怒りはもっともだと思った。 ドッキリじゃないんだから、こういう奇妙なことはやめてもらいたいよな。 ブルーは前向きで強い性格の持ち主だったから、不安な状況にもまどわされることがなかったのだろう。
- Mort de peinture effrayant et la jeune fille : 中野 京子 (Rédigé par) Kadokawa Shoten(角川グループパブリッシング) (Maison d’édition) / 角川文庫 2012年8月25日 (Date de sortie) Édition de poche (Format) 怖い絵シリーズの第2弾。 今回僕が印象的だったのは次の作品かな。 レーピン-皇女ソフィア セガンティーニ-悪しき母たち アンソール-仮面にかこまれた自画像 ホガース-ジン横丁 ゴヤ-マドリッド、一八〇八年五月三日 アンソールの「仮面にかこまれた自画像」はどこかで目にしたことがあると思ったが、とある文庫本の表紙だったのだな。 ホガースの作品は別の作品「ビール街」と対になっているという。 作者が得意とした風刺的な物語画らしく、怖いがちょっと面白い。 ゴヤの絵も緊張感があって迫力がある… これが傑作なのだなぁ。
- N ° 4 interglaciaires Kobo Abe (Rédigé par) Shinchosha (Maison d’édition) / 新潮文庫 1970年11月27日 (Date de sortie) Édition de poche (Format) SF小説らしい。 書かれたのは1959年とのこと。 予言機械というものができて、とある男の未来を全て予言させようとする。 ところが男が事件に巻き込まれて…という話。 突然、水棲哺乳動物について語られた時はびっくりしたが、タイトルの意味と結びついていたんだな。 間氷期とは気候が温暖な時期のことを言うみたい。 著者は、日常的連続感から断絶して現れる未来について描きたかったようだ。 未来とは断絶の向こうに、「もの」のように現れたひとつの未来社会にほかならないのだとのこと。 本来的に残酷なものであり、現代の我々がユートピアとか地獄だとかと言って未来を裁くことはできないという。 逆に、未来が現在を裁くものととらえたらしい。 そうならば、未来を変えようとするよりも、未来にいかに順応するべきかを考えたほうがいいのかもしれない。 主人公が抵抗して奮闘して未来を変えるという話はよくあるけど、本書では、未来が主人公を押し潰してしまった。 ひとつの日常的連続感の死だという。 未来には何が起こるか分からないから、僕も日常にまどろんでいてはいけないのかもなと思った。