新しい人よ眼ざめよ
詩を媒介にして描いた連作短編集との事。
日本文学の最高傑作という向きもあるらしい。
作品の背後に死の定義を沈め、家族とのなにげない日常を瑞々しい筆致で表出しながら、過去と未来を展望して危機の時代の人間の再生を希求したという。
興味深かった。
解説によると、著者は息子に向けて親の死後も手がかりとする定義集を残したかったみたいだ。
古典の道しるべという事なのだ。
安部公房も、自分のおかれている状況を、出口なしの状況と感じたようであるが。
著者は今春、3月4日に88歳で亡くなった。
ご冥福をお祈りいたします。
イーヨーとは伊予の事であるだろう。
作者は愛媛出身なのだ。
僕は瀬戸大橋を渡った事がある。
もう一度四国を訪れてみたい。
僕の知り合いは甥っ子が生まれてその子を可愛がっていた。
「甥っ子は自分に責任がないから可愛い」
と彼は言う。
イーヨーを育てるのは大変だっただろう。
僕にも昨年、甥が生まれた。
贈り物をしたりしたけれど、僕にはまだその気持ちは分からないのだった。
とにかく無事に誕生して良かった。
育児休暇の賃金を全額払うようになるという首相のニュースを見た。
しかし、パパたちが子どもをおんぶして満員電車に乗り、会社に通う未来があるかもしれないな。
しかし暴力的なものによって内側から破壊されず、外部に向って粗暴な解放を強いられるのともまたちがう、第三の道の達成もありうることを、敗戦の夏の、あるいは夢だったかもしれぬ、誰ひとり他の子供らの眼に入らぬ川で、僕は想像のうちにとらえたのではなかったか?
(p.221ーp.222)
平和を希求するという様だろう。
筆者は戦前の生まれなのだ。
僕の住んでいる町にも空襲があった。
今年もまた夏がやってくる。
祖父の家に遊びに行って虫捕りをしたい。
メロンを食べて甲子園を見たい。
そんな日常が崩れてしまうのが戦争なのだ。
作者は反原発の人でもあった。
電気料金の値上げのニュースもある。
愛媛から広島はすぐ近くだ。
愛媛ではテレビで広島カープの試合が映るのかもしれないな。
サンフレッチェ広島はどうだろう。
マツダの本社もある。
自動車の期間工は大変みたいです。
専用道路を一つ作って自転車を走らせたいものだ。